2011.06.26
畑生活
こんにちわ
事務局の渡辺です。
今年から家の近くに畑を借り、家庭菜園に取り組むことにしました。
今まで生きてきて農作物を育てたという経験がないもので
いろいろな人にアドバイスをもらいながらやっています。
本当の最初は畝の作り方すら (・・? だった僕ですが、
石灰をまき、肥料をまき、耕し、畝を作り、マルチを張り…
となんとか形にはなっていきました。


そして植えた
ナス、神楽南蛮、葉ネギ、シソ、レタス
…のみ
もうね、畑の半分以上が空きました。
…時は過ぎ6月下旬
仕事の忙しさにかまけて、畑はほぼ放置。
ですが。
まあ、植物とはいいもので
親はなくとも子は育つとでも言うのでしょうか。
たくましく育っていきました。
そして食べる分を収穫。

左側がガラガラですね

獲れたものがこれ。

レタスだけですが、取りあえず邪魔になるぐらいとれました。
一人では食べきれないのでおすそ分けしたり、無理矢理あげたりして
楽しいレタスライフを送っています。
やっぱとれたて食べると美味しいですよねー
事務局の渡辺です。
今年から家の近くに畑を借り、家庭菜園に取り組むことにしました。
今まで生きてきて農作物を育てたという経験がないもので
いろいろな人にアドバイスをもらいながらやっています。
本当の最初は畝の作り方すら (・・? だった僕ですが、
石灰をまき、肥料をまき、耕し、畝を作り、マルチを張り…
となんとか形にはなっていきました。


そして植えた
ナス、神楽南蛮、葉ネギ、シソ、レタス
…のみ
もうね、畑の半分以上が空きました。
…時は過ぎ6月下旬
仕事の忙しさにかまけて、畑はほぼ放置。
ですが。
まあ、植物とはいいもので
親はなくとも子は育つとでも言うのでしょうか。
たくましく育っていきました。
そして食べる分を収穫。

左側がガラガラですね

獲れたものがこれ。

レタスだけですが、取りあえず邪魔になるぐらいとれました。
一人では食べきれないのでおすそ分けしたり、無理矢理あげたりして
楽しいレタスライフを送っています。
やっぱとれたて食べると美味しいですよねー
2011.06.12
若栃・山新田を彩るフラワーロード
こんにちわ
事務局の渡辺です。
5月の初旬まで、「若栃って、まだ雪とかあるんですか?」
とかリアルに質問されていたぐらい、若栃は雪が深いところです。
まあ、当然のごとく
そんな雪もとっくに溶け、新緑が鮮やかにきらめく今日この頃
山新田集落から若栃集落にかけてフラワーロードの整備を行いました。
雪国では山の雪が溶けると、まずは殺伐とした大地が顔を出します
これでは冬場の鬱々とした空気が、なかなか晴れません。
ですが…
一月も経つと、あらすごい
雪の重みの苛立ちを跳ね除けるかのように
あたり一面が勢いのある緑に覆われていきます。
その緑の絨毯を彩るように集落のみんなで花を植えます
植えた花は、ベゴニア・サルビア…
あと何でしたっけ。いろいろです。
このように道端に植えていきます
いかんせん長い距離なので大変でしたねぇ


仕事をしたらもちろん休憩。
見てください。この絵になる休憩風景
梅雨も晴れた頃
真人の山に綺麗な花道ができあがることでしょう
ついでに
県道沿いに生えていた山菜をゲット(してもらった)
これどうするんだ?

そうそう
人の山で勝手に山菜は採らないでくださいね。。
事務局の渡辺です。
5月の初旬まで、「若栃って、まだ雪とかあるんですか?」
とかリアルに質問されていたぐらい、若栃は雪が深いところです。
まあ、当然のごとく
そんな雪もとっくに溶け、新緑が鮮やかにきらめく今日この頃
山新田集落から若栃集落にかけてフラワーロードの整備を行いました。
雪国では山の雪が溶けると、まずは殺伐とした大地が顔を出します
これでは冬場の鬱々とした空気が、なかなか晴れません。
ですが…
一月も経つと、あらすごい
雪の重みの苛立ちを跳ね除けるかのように
あたり一面が勢いのある緑に覆われていきます。
その緑の絨毯を彩るように集落のみんなで花を植えます
植えた花は、ベゴニア・サルビア…
あと何でしたっけ。いろいろです。
このように道端に植えていきます
いかんせん長い距離なので大変でしたねぇ


仕事をしたらもちろん休憩。
見てください。この絵になる休憩風景

梅雨も晴れた頃
真人の山に綺麗な花道ができあがることでしょう
ついでに
県道沿いに生えていた山菜をゲット(してもらった)
これどうするんだ?

そうそう
人の山で勝手に山菜は採らないでくださいね。。
2011.04.17
サプライズ、ほんとに驚いた。
今日はほんとうに驚いた。
本日
若栃では南相馬市から避難されてきた人たちとの、交流イベントを予定していました。
イベントの一つ目、
「大きなわらじを作りましょう」
2.5mもある「わらじ」で、小千谷市の慈眼寺へ奉納するものです。
![CIMG0348[1]](http://blog-imgs-43.fc2.com/w/a/k/wakatochi/20110620185426efc.jpg)
もうひとつは、
相馬地方の郷土料理のひとつ、
「ほっき飯」(ほっき貝の炊き込みご飯)を作って、食べましょう。
ほっき貝は、相馬の海でよく獲れるもので、下渋佐の皆さんは、よく食べていたものだそうです。
![CIMG0373[1]](http://blog-imgs-43.fc2.com/w/a/k/wakatochi/20110620185426274.jpg)
避難から1ヶ月経過しているが、今の生活では自分たちで料理をしたり、
人に喜んでもらえていない。
そんな被災者の皆さんのため、
「喜びの分かち合い」の場をつくろうと、企画しました。
南相馬の人がつくり、若栃の人たちが、ごちそうになろう、というものです。
やはり海近くで暮らしている人たちの、海との関わりで育まれた「食」には思いがたっぷり詰まっていました。「春を知らせてくれるのが、コウナゴ。放射能で、汚染されてしまった。ピチピチ生きているの躍り食いするんだ。今年は、地震の前に食べたよ」そんなことを話し続けながら、美味しくいただきました。
さらにもうひとつのサプライズが・・・。
ほっき飯が出来たぞー!というころ、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」の撮影クルーが、突然やって来ました。
ゲストは、石田純一さん。
みんなが驚いた。喜んだ(特に女性陣)。石田さんが、地震や津波の話を、いろり端で丁寧に聴いておられる姿がとても印象的でした。
そしてビールで乾杯。地震後初めて乾杯をしました。
声を高く揚げて「乾杯!」その後の、ほっき飯は、最高にうまかった。石田さんのおかげで、南相馬の皆さんも、さんも、若栃のみんなも、元気と笑顔をとりもどしました。

「悲しみを分かち合い、暖かくつつみこんで、喜びも分かち合う」ですね。
その放送が6月20日、27日(前後編)にあります。
夜8時からですので、皆さんどうぞご覧ください。
鶴瓶の家族に乾杯HPはこちら⇓
http://www.nhk.or.jp/program/kanpai/
本日
若栃では南相馬市から避難されてきた人たちとの、交流イベントを予定していました。
イベントの一つ目、
「大きなわらじを作りましょう」
2.5mもある「わらじ」で、小千谷市の慈眼寺へ奉納するものです。
![CIMG0348[1]](http://blog-imgs-43.fc2.com/w/a/k/wakatochi/20110620185426efc.jpg)
もうひとつは、
相馬地方の郷土料理のひとつ、
「ほっき飯」(ほっき貝の炊き込みご飯)を作って、食べましょう。
ほっき貝は、相馬の海でよく獲れるもので、下渋佐の皆さんは、よく食べていたものだそうです。
![CIMG0373[1]](http://blog-imgs-43.fc2.com/w/a/k/wakatochi/20110620185426274.jpg)
避難から1ヶ月経過しているが、今の生活では自分たちで料理をしたり、
人に喜んでもらえていない。
そんな被災者の皆さんのため、
「喜びの分かち合い」の場をつくろうと、企画しました。
南相馬の人がつくり、若栃の人たちが、ごちそうになろう、というものです。
やはり海近くで暮らしている人たちの、海との関わりで育まれた「食」には思いがたっぷり詰まっていました。「春を知らせてくれるのが、コウナゴ。放射能で、汚染されてしまった。ピチピチ生きているの躍り食いするんだ。今年は、地震の前に食べたよ」そんなことを話し続けながら、美味しくいただきました。
さらにもうひとつのサプライズが・・・。
ほっき飯が出来たぞー!というころ、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」の撮影クルーが、突然やって来ました。
ゲストは、石田純一さん。
みんなが驚いた。喜んだ(特に女性陣)。石田さんが、地震や津波の話を、いろり端で丁寧に聴いておられる姿がとても印象的でした。
そしてビールで乾杯。地震後初めて乾杯をしました。
声を高く揚げて「乾杯!」その後の、ほっき飯は、最高にうまかった。石田さんのおかげで、南相馬の皆さんも、さんも、若栃のみんなも、元気と笑顔をとりもどしました。

「悲しみを分かち合い、暖かくつつみこんで、喜びも分かち合う」ですね。
その放送が6月20日、27日(前後編)にあります。
夜8時からですので、皆さんどうぞご覧ください。
鶴瓶の家族に乾杯HPはこちら⇓
http://www.nhk.or.jp/program/kanpai/
2011.03.26
地震の被災者を受け入れて
福島県の南相馬市へ行ってきました。
初めて目の当たりにした、津波の光景は凄まじいものがあった。
立っているものすべてをなぎ倒し、表土まで剥ぎとっていた。大型の送電線の鉄塔が、アメ細工のようにねじ伏せられている。
小千谷市では、
南相馬市から避難されてきた皆さんを、民家で一家族ずつ受け入れました。
「体育館から体育館への避難は忍びない。せめて少しの間でも、温かい食事とお風呂に入ってもらい、
暖かく過ごしてもらいたい。」との気持ちからです。
若栃集落では、南相馬市から22人の方々を受け入れました。
皆さんは、地震直後の大津波で家を流され、家族が津波に巻き込まれという大変な思いで、避難されて来られた方々です。
いったい津波で流された現場はどうなっているのか?
その場でしか伝わらないことがある。との思いから出かけて行きました。
実際の現場では
テレビの映像では見ていたものとは、全く違う光景が目の前に広がっていました。


広い原野が果てしなく続いている。
これが今回の地震の、津波の姿なのだ。
これが、400km延々と続いている事を実感した。
地震の被害も、津波の怖さも共有できないままで避難されてきた人たちと、若栃は、この後どうやって寄り添っていけばいいのだろうか?
…そういえば、放射能のことも(30キロ圏内)あったのだが、気にならなかった。
若栃の皆さんの「受け入れる力」はほんとうに素晴らしい。
被災者の方々を暖かく包みこみ、「わかちあう」ことで、皆さんは回復の兆しを見せ始めたのでした。
初めて目の当たりにした、津波の光景は凄まじいものがあった。
立っているものすべてをなぎ倒し、表土まで剥ぎとっていた。大型の送電線の鉄塔が、アメ細工のようにねじ伏せられている。
小千谷市では、
南相馬市から避難されてきた皆さんを、民家で一家族ずつ受け入れました。
「体育館から体育館への避難は忍びない。せめて少しの間でも、温かい食事とお風呂に入ってもらい、
暖かく過ごしてもらいたい。」との気持ちからです。
若栃集落では、南相馬市から22人の方々を受け入れました。
皆さんは、地震直後の大津波で家を流され、家族が津波に巻き込まれという大変な思いで、避難されて来られた方々です。
いったい津波で流された現場はどうなっているのか?
その場でしか伝わらないことがある。との思いから出かけて行きました。
実際の現場では
テレビの映像では見ていたものとは、全く違う光景が目の前に広がっていました。


広い原野が果てしなく続いている。
これが今回の地震の、津波の姿なのだ。
これが、400km延々と続いている事を実感した。
地震の被害も、津波の怖さも共有できないままで避難されてきた人たちと、若栃は、この後どうやって寄り添っていけばいいのだろうか?
…そういえば、放射能のことも(30キロ圏内)あったのだが、気にならなかった。
若栃の皆さんの「受け入れる力」はほんとうに素晴らしい。
被災者の方々を暖かく包みこみ、「わかちあう」ことで、皆さんは回復の兆しを見せ始めたのでした。
2011.03.16
被災者の方受け入れ
3月15日(火)より
若栃では被災者3家族13名の受け入れを始めました。
皆さん大変な思いをしてこちらに来られました。
お風呂に入り、温かい食事をとった後、ようやく落ち着かれたようです。
今後、農家民宿「おっこの木」に一週間ほど滞在する予定です。
若栃では被災者3家族13名の受け入れを始めました。
皆さん大変な思いをしてこちらに来られました。
お風呂に入り、温かい食事をとった後、ようやく落ち着かれたようです。
今後、農家民宿「おっこの木」に一週間ほど滞在する予定です。












